産地の紹介

産地の紹介

丹後地方

天橋立の写真

丹後ちりめんの産地“丹後地方”は、京都府の北部、日本海側に面した丹後半島一帯をいいます。宮津湾に浮かぶ松並木の砂州・日本三景「天の橋立」、三人寄れば文珠の知恵の「文殊智恩寺」、ここから丹後半島一周道路を進めば、西国三十三カ所のひとつ「成相寺」、伊根の舟屋、喜びも悲しみも幾年月の舞台になった経ヶ岬の灯台、入り江の海岸線が美しい「丹後松島」、「屏風岩」、「立岩」、「鳴き砂の琴引浜」など風光明媚な名所、四季折々の自然を堪能することができます。
また、ちりめんの里にふさわしく「羽衣伝説」など数多くの民話が各地に残っています。そして丹後地方は昔、大和文化と出雲文化の交流地として、また大陸との交易地として栄え、丹後独自の文化が開けていたとされています。これを実証するかのように、丹後の各地には様々な古墳群があり、そこからは古代ロマンに想いをはせるべく日本の歴史上貴重な遺産が数多く出土しています。

丹後ちりめんと丹後

整経の写真

ここ丹後地方の絹織物の歴史は古く、約1300年も前の奈良時代に、丹後の国鳥取で織られた絹織物が聖武天皇に献上(739年)され、現在でも正倉院御物として残っています。そして、南北朝時代の成立とされる『庭訓往来』をひもとくと、丹後で絹織物(丹後精好)が生産されていたことが記されており、古くから絹織物をこの地で織っていたという歴史が伺えます。また、約300年前の江戸時代の享保5年(1720)、絹屋佐平治らが京都西陣より持ち帰った技術をもとに創織した「ちりめん」が、現在の「丹後ちりめん」の始まりで、その後瞬く間に丹後地方全体に広まったとされ、そして峰山藩・宮津藩がちりめん織りを保護助長し、丹後の地場産業として根付くことになったのです。これに加えて、丹後地方の気候風土は、冬の季節風は雪をともなってきびしく、秋から冬にかけて吹く「うらにし」と呼ばれる(丹後地方ではこう呼んでいます)季節風は、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるぐらい湿気をともなった雨が降ったり、止んだりする日が続きます。この丹後地方の気候風土が、良質の水、適度な湿度をもたらし、今日現在まで丹後ちりめんを育んできたのです。

最高級の織と染の総合産地

機織りの写真

丹後産地は我が国最大の絹織物産地で現在、日本で生産される和装用白生地織物(きものの生地)の約70パーセントを生産しています。また京都・西陣の生産基地として帯、ネクタイ、インテリアなど先染織物の製織や、永年にわたり培った丹後ちりめんの技術を活かし、帯揚げ・半襟・風呂敷・ショール・スカーフなどの小物織物、広巾織機を使いシルク服地・ポリエステル服地・その他シルク、ポリエステル、レーヨン、ウールなどを複合させた服地を製織しており、和装・洋装問わず、織物素材総合産地として日々プレゼンテーション活動を行っております。これら丹後で製織された織物は、組合の直営工場などで加工され、厳しい検査体制のもと品質の保持・向上がなされ、京都・室町を中心に全国の集散地へ販売されています。また、織り技術の向上は勿論のこと、織物の機能性・市場性を高めるための研究・開発を行うと同時に、丹後産地で生産された様々な織物を一堂に展示発表する催事を、一年に一度京都市で活発な商談の場として開催しています。そして丹後産地では現在、付加価値を高める取組として、シルクがもつ欠点を補うための耐スレ加工(ハイパーガード)、黄変防止加工(サニーライク)、防菌・防臭加工(ハイジ加工)など様々な特殊加工を組合直営工場において織物、素材に施すとともに、無地染めを中心とした染色加工、丹後の染色家による友禅染めがなされています。 丹後産地は「最高級の織と染の総合産地」としてさらなる飛躍をめざしています。

丹後とちりめん

  • 絹屋佐平治が奉納したと伝わるちりめん

    1720年に絹屋佐平治が奉納したと伝わるちりめん(禅定寺)

  • 駒猫の写真

    養蚕の大敵であるネズミを追い払うとされる駒猫(木島神社)

  • ちりめん街道の写真

    ちりめん街道と名付けられた街並み

  • 製織工場の写真

    織機が立ち並ぶ製織工場